応援

息子に、書いて渡した。

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「悔しいねえ」
「何が?」
「ワールドカップよ。おしかった、ベスト8」

「出てたの?」
「いいや。そんなわけないでしょ」
「『悔しい』っていうから」
「応援してたからね」
カタールで?」
「そんなわけないやん。テレビで」

「サッカー、してたの?」
「いいや」
「でも『がんばれ』って思うの?」
「そうや。同じ日本人ががんばっているのだから。ってか、おまえは、応援してないの?」

「してないよ。失礼や」
「何が?」
「おれ、サッカーしてもないし。頑張ってるの知ってるから。それぞれ、選手は。お茶の間でがんばれ!いわんでも」
「おかしいわ、それ」
「グツグツ煮られている鍋の具材に『がんばれ』とは言わんやろ」
「よくわからんたとえやな」
「でも、選手たちが『勝ちたい』と思う気持ちはわかるよ。だから『がんばれ』ではなく『あなたの勝ちたい気持ちが現実になったらいいね』って応援するなわかる」
「そんなやついないだろ。スタジアムで『あなたの気持ちが現実になったらいいね』って叫んでるやつ」

「君が応援せんなん人、ほかにもたくさんいるとおもうよ」
「だれ?たとえば」
「君のお母さんとか。毎日君のごはんつくって、着るもの洗濯して。がんばってるよ」
「お母さんのこと、『家事がんばれ』って応援しても、お母さん気分良くなるか?むしろ『じゃ、おまえやれ』って思うよ」
「君もなんなら選手になれるからね。『ならんかい』と」
「そう。応援じゃなくて、感謝やろ、せんなんのは」

「選手の中に、知り合いがいたら、わかるよ」
「知り合いは、おらん。そんなの応援している人のほとんどそうやろ。それでも、同じ日本に住んで、その代表の人が国を背負って戦ってくれてる。ぼくらの代表なんだから、応援したくなるのはふつうだろ。知り合いじゃないくても、代表なんだから」
「じゃ、全部の日本代表応援してるの?クリケットの日本代表とか」
「してないよ。申し訳ないけど、まずクリケットに日本代表あるのかも知らん」
「サッカーは、特別なの?君にとって」
「特別っていうか、みんな応援しているからね。競技人口も、世界で一番多いっていうし。世界中で盛り上がってるしね」
「君が日本を応援して、もし勝ったら、対戦相手を応援していた国民は悲しむよ」
「そりゃそうやろ。」
「だれかの喜びは、だれかの悲しみなんだよ」
「そんなドヤ顔されても。そんなの、みんなわかってるよ。勝負だから、それでいいのよ」

「一人だと、応援する?」
「心の中ではしてるよ。一人でテレビで観るときは、『がんばれ』とはいわんけど」
「応援したいというより、一緒に盛り上がりたいという気持ちなんじゃないの?」
「そりゃ一緒に応援したほうが楽しいわな。でも、サッカーってみてて、単純に面白いんだよ。やったことなくても」
「いつも見てなくても、入っていけるの?」
「それでもいいでしょ。いつも見ないけど、こういうとき、楽しむ人がたくさんいても。日本が一つになるかんじするし」
「その輪に入るには、応援もセットなん?」
「応援せんけど、輪に入るやつはおらん。じゃ、おまえに聞くけどな、マラソンするやろ。そのとき、道から『がんばれ』って応援してもらえたら、元気でるやろ。しらないおばちゃんからでも」
「それは、そう。戸惑うけどね、知らない人だから。『はじめまして』っていわなきゃかなとか」
「そんなのしたら、向こうがびっくりするわ。ランナーから名前を名乗られたら」
「でも励みにはなる」
「そうやろ。だから応援するのはいいことやろ」
「でもそれは、その場にいて、伝わってるしね、ぼくにその声は。テレビからは伝わらんでしょ、本人に」
「そんなことないよ。気持ちは伝わってた、っていってたよ。解説の内田さんが」
「それやったら、聴覚の日本代表になれるね、内田さんは。でもね、マラソンの沿道で応援しているおばちゃんは、全員にしているのよ。ぼくの後ろを走っている人にも『がんばれ』っていってる。ちょっとだけ『えっ』ってなるよ。ぼくの応援は、なんやったんって」
「それはそうやろ。『みんな完走して』っていうね、そういう思いをみんなにむけてる。別におまえのファンではない」
「ぼくが『完走したい』と思ってる。その願いが叶えばいいねっていう『がんばれ』なんでしょ、つまり」
「またそれか」
「だから、ネイマールロナウドも、メッシも、みんな『あなたの願いが叶うといいね』と応援するのと同じなのよ。あのおばちゃんは。勝ち負けではなく」
「選手名、知ってるんだな。そういう応援もいいんじゃないですか。でも、おれは日本が勝つ応援の方が楽しいな、やっぱり。夢があるやろ。同じ日本人として。強いチームに勝ってくれてるんだから」
「身近だしね。同じ肌の色で、同じ言語を話して、同じ場所に住んで」
「そうそう。よくわかってきたじゃん。それぞれの国が、それぞれの国を応援しているのよ」

「でも今回負けたのは、まだ応援足りなかったんかな。『選手たちはよくやった』ってみんないってる」
「まあ、そうなのかもしれな。おまえみたいな、ややこしいやつがおるしな」
「いや、応援する人を応援できてない」
「は?」
「君は、選手を応援する人や。でも君を応援する人がいない」
「いらんよそんな人。選手を応援してくれ」
「応援がんばる人を『がんばれ』って応援する人が、たぶんサッカー強い国にはたくさんいる」
「どういうこと?」
「負けたら、悔しいやろ。応援したひと。君も」
「そりゃ悔しいよ」
「それを慰める人が必要だね。応援したけど、負けた。『でもそれは応援したせいじゃないよ』って」
「は?」
「どこかで、君はそう思ってるでしょ。『おれが応援したせいかな、負けたの』って」
「いやぜんぜん」
「そうじゃないから!」
「わかってるよ。その励ましはなくていい」
「負けたのは、君のせいじゃない!君の応援は正しかった!」
「大丈夫。そこまで、おれ背負ってない」
「シュート外したら『あー』って嘆いたり、『なんではよ交代せんの?』っていったの、気にしてるでしょ?」
「してない。だって、向こうに伝わってないから」
「え、『伝わってる』って、さっきいってたじゃん」
「そうや。気持ちは伝わってる」
「でも選手のプレイへのコメントは、伝わってないん?『オ~ニィッポ~ン』は伝わってて、『あー』は伝わってないん」
「おまえもわかってるやろ。大人になれよ」
「これだから大人は信用ならんわ」
「素直におまえも輪に入って応援すればいいのよ」
「うーん」
「なんなのよ」
「それにしてもねぇ」
「なによ」
「悔しいね。今回は」
「結局それがいいたかったんかい。いいかげんにしなさい。もう、ええわ〜」