次女。小さなぼくの家を興味深そうに、「この洗面台の鏡の裏、収納なんだ」とか、「シャワー、ミストになるんだね」とか、自分で観察して、感心したり。
「この家、好き」
一人暮らしへの憧れが、日に日に膨らんでいるようだ。自分の世界をつくることの楽しさ。
前は「一人暮らしなんて。パパママと一緒にずっといる」といってたのにね。
「もう寝るの?」
長女から電話。今日会ったことの報告。塾の試験を受けたこと。部活で、ホルンだけのオーディションがあったこと。学外の審査員で、プロもいて、胸バクバクで緊張したらしい。
演奏を終えたあと、「失礼しました」といわなきゃいけないところを「失礼します」と言ってしまったと悔やんでいる。
「別に『失礼します』でもおかしくないよ」
「次の友だちはそれで混乱して『失礼しますた』になった」
審査員は笑っていたらしい。
すぐに、コンサートがある。ぼくがその日は見に行けると伝えたら笑顔になって「やった」とつぶやく。
「vivant 見てね」
単独でコールしてくるのは長女が一番多い。ありがたいことだし、実にかわいい。
母を、あの日を思い出し、胸が痛む。過ごしやすい、秋の日。
ものを大事にすること。その姿勢があるかないかは、わりとすぐに伝わるし、信頼関係を築く上ではとても大切なこと。
息子は小さい頃、けっこう自分のものを大事にしている印象があって、いいなとおもっていた。このブログでもいつしか書いたサッカーの帰りに「ブレボー」がなくなって泣いた日。ぼくがあらぬことからルービックキューブを壊して、泣きじゃくりながら「クソジジイ」と言われた夜。
壊れたシャープペンシルを直そうとしたり、大事にとってある姿も、微笑ましかった。
「よかったな。大事にしろよ」
家族で遠くに旅行にいった夜。二人でご飯に出かけ、山盛りの空芯菜を食べながら、声をかけた。
「うん」と深く、優しいトーンでうなずく。成人前でも、その雰囲気はあの小さなときと変わってなった。
まだ小学生のときだったか、長女がトンカチ、DIYにはまったとき。東京でのワークショップにも参加した。被災者のためにも、一緒に、一生懸命動いた。かけがえのない、かけがえのない時間だった。
東京でのワークショップの前を、あのイブマサトさんが通りかかった。あの眼光で「何してるんだ」といわんばかり、ギラリと。
ぼくが興奮していると、長女は知らないものの、稀代の大俳優が放つオーラを感じ取っていた。
以来、長女の中で「都会で芸能人」といえば「イブマサトさん」になった。彼女がはじめて見た人。
クロワッサンとともに、いい思い出。ちなみにぼくが最初に見たのは中学のとき、近所に撮影にきていた齋藤由貴さん。