スイミング

長女と次女のプールの見学。2階のガラス越しに下のプールを見下ろす。今日はいい場所のベンチが空いていて、長女と次女がスタートするところをじっくりみれる。次女は手前のコース、長女は隣の奥のコース。

ふたりとも背泳ぎをしている。すぐに次女は真上のパパに気づく。うれしそうにパッと笑顔になる。こちらも手をふる。背泳ぎだからゴーグルはしていなくておでこにある。その顔が息子の小さい頃を彷彿とさせる。二人は似ているのだなと気づく。

12.5mくらいのところで止まり、コースの脇を伝ってもどってくる。その間ずっとぼくの方をみてお互い手をふる。年賀のときの皇族のようにぼくは手を振り続ける。うれしそうである。小さな子どもには眼差しが愛情を注ぐ行為そのものなのだと実感する。世界に放り投げだされた身、彼女を見つめる眼差しが近くにあると安心するのだろう。近くにいるだけではダメなのだ。視線を逸らさせるスマホは子育てに害でしかない。

一方の奥の長女も泳ぎながらぼくに気づく。彼女はゴーグルをしている。彼女は50mを泳いで戻ってくる。みてるだけで疲れる。スタート地点で順番待ちをしているときにちらっとぼくの方をみて、手をさっと1回ほど振ってあとは自由にやっている。眼差しは確認するが、ずっと求めることはない。次女のか細いヨタヨタした泳ぎと比べ、長女はバタ足も強く大きな水しぶきをあげ、実に力強く進んでいく。次女が笹舟なら長女はクルーズ船かというくらい違う。もともとなぜか体幹がしっかりしていて姿勢がいい。次女はそれをスタートまでの待機の間に指を口にくわえながらみている。

次女にすれば、長女は何でもできる存在なのだろう。脅威であり、憧れである。引け目を感じることなくおっかける、あるいは我が道を行ってくれればいいのだけど。次女がバタ足泳ぎに切り替わり、スタートするときに横から長女がゴーグルを指し示している。次女が気づき、おでこのゴーグルを装着する。長女が世話を焼く微笑ましい光景。

ふたりともおのおの楽しんでいるし、毎週みているとどんどん上達するのもわかる。更衣室から自分たちで着替えて出てくる。そこにある自動販売機のアイスをおねだりされるが、「どうせだめだろう」と思っていたのだろうあきらめが早かった。