大食い

プールのあと、外食にいく。いつもいくラーメン屋。おどろいたことに次女の食欲がすごく、中華ラーメンを一杯食べて「まだ食べたい」とことで、その半分のお子様ラーメンも追加注文。たいらげる。つまりお子様ラーメンを3杯食べたことになる。そのあいだ「もっと餃子食べたい」と餃子ももぐもぐ食べて餃子も追加注文させられる。長女も大人のラーメンをほぼたべ、餃子も結局一皿分くらい食べた。「餃子まだ食べたい」と腹八分。さすがにこれ以上追加注文はせずに、家で柿とラフランスを食べようといなして帰る。本当に柿とラ・フランスもバクバク食べた。何個切れ端があるかを数えて半分にしている。お風呂で長女が「お腹いっぱい」といっていたのでほっとする。

宇宙と赤ちゃん

ブラックホールに吸い込まれた人間っている?」

「宇宙って、地球よりも大きいの?太陽よりも大きいの?」

「赤ちゃんって、生まれたときなんで裸なの?」

次女がお風呂で。長女もそれに乗っかって質問攻めにあう。

ブラックホールに、落ちているの?吸い込まれているの?」

ブラックホールに吸い込まれたら、どうなってるの?ぜったい別の世界にいくと思う。」と矢継ぎ早に長女。

浴槽のお湯が宇宙、そこに浮かぶボールが地球や太陽、排水溝がブラックホールとして説明。ブラックホールにいつか吸い込まれるのではないかと必要以上に怖がっているのでそれよりも熊、自転車、自動車に気をつけてほしいとお願いする。

宇宙に興味が急にでてきたみたいで図鑑のDVDをまたみたいそうだ。研究者って、この頃の素朴な疑問をおとなになってもおいかける人たちなのだな。

長女と次女が生まれた瞬間の話になって、そのときのことを思い出しながら話をする。今回は初めてではない。次女はお腹から出たとき泣かなくて、看護師さんに背中をぽんっとやられて泣き始めたくだり。長女はそれを覚えていて話すと、「叩いて痛いからないたの?」と疑問をぶつけてくる。長女が生まれたときは息子が、次女が生まれたときは長女と息子が抱っこしてた話をすると、次女も弟か妹が生まれてきてほしいとのこと。ママが帝王切開だから4人目は無理なんだ伝えると驚きながら納得した様子。しかし「なんであの家は5人も子どもいるんだ」など身近な例をあげて矛盾に気づいてまたも質問攻めにあう。「もし、4人目できたらどうなるの?」と長女。

 

 

 

ひょこりしいたけ

1年半前。長女の保育園の卒園式の記念品はしいたけの原木であった。なにもない切り株。「いつかひょっこり生えてきます」といわれながら半信半疑。中庭にほったらかしておいた。なんと本当にこの秋にひょっこり生えてきた。大きいのが2つ、小さいのが一つ。大きいのは直径15センチくらいある。学校帰りの長女に伝えて一緒にみにいくと驚きの声をあげながら喜んでいた。家族みんなにみせて収穫。さっそく妻がチーズを乗せて焼く。その間に娘二人とお風呂に入っていたが、あわざわざ風呂場まで「めちゃめちゃおいしい」と妻が伝えにくる。あわてて上がってみんなで食べる。大きいので大味かと期待していなかったがとんでもない、香りが抜群でいままで食べたしいたけの中で間違いなく一番美味しい。普段スーパーで買うしいたけはもいでから時間が数日たっているのだろう、鮮度がぜんぜんちがう。ずっと香りといい後味がその後息子のサッカーを見に行っている間も残っていた。やはり旬なもの、新鮮なものがしいたけも一番美味しいのだ。つまりは農家さんが一番美味しいものを食べている。この感動を保育園の先生に伝えようと思ったが、今朝いうの忘れた。

しなやかさ

コロナ禍によって、副業が解禁されることが進めばいいな。会社で副業を禁止しているところがほとんどだけど、そのリスクが浮き彫りになってしまった。業績が悪化しているときに都合よく正社員のクビを切るわけにもいかず、社員だっていきなりは逃げ道がない。みんなでいっしょに沈むしかない船に乗り続けざるを得ない。船が大きなほどたいへんなことになる。公務員だって例外じゃない。というか、公務員からやるべきだ。人件費を節税することができるのはもちろん、定年したあとも天下りや再雇用に頼らなくても自分の足で立ち、社会で役に立つ人材になるだろう。

行きたいところにいけず、人が気軽に会えなくなる。そんな日常がくるなんて誰が想像していただろう。当たり前のことが急に当たり前でなくなるとして、生きていかなきゃいけない。

「卵は同じ皿にもらない。」

投資信託の鉄則だとかつて友人がいっていた。副業はできるだけぜんぜん違う方がいい。普段第三次産業なら、第一次産業をやる。普段頭を使うなら、ひたすら手を動かす。そのくらいが幅も広がるしちょうどいいのだろう。一生懸命努力する尊さを分かった上で、急に環境が変わってもモードチェンジできて適応できるしなやかさを我が子たちが持ってくれるように、親も心がけたい。週5日丸々拘束され、右肩あがりを信じて一つの組織の駒になる人生はもはや危険でしかない。ぼくたちが子どものときから、ゲームは確実に変った。

やりたい

次女が公文の先生から勝手にお試しの算数をやりはじめ、先生から「やる?ならお母さんに聞いてきて」と間接的に勧誘され、次女はまんまと「やりたい」となり、始めることになった。我が子たちは基本的に「やりたい」という。先生からしたらこんなに簡単な営業はないが、やりたいという以上やらせてみよう。しんどくなったらやめればいい。

クリスマスプレゼント

次女と二人でお風呂に入っていたときに、今日は何があったか尋ねる。保育園で裏山にいって焚き火をしたそうだ。木の枝や落ち葉をいっぱいもやした。長芋も掘って焼こうとしたけど火が大きくならなかったからできなかった。でも長芋掘るのも楽しかったそうだ。話を聞いているだけでこちらも楽しくなる。小学校までもう少し、それまでの自由でのびのびした時間を謳歌している。

その話をしていたら長女が入ってきた。クリスマスプレゼント、何をサンタさんにお願いするかを二人に聞く。「鬼滅の刃のDVD」と次女。タンジロウに会いたいとも。こないだいった映画の続きがみたいらしい。

「サンタさんも、続きのやつ売ってないと買えないよ」とぼく。

「え?作るんじゃないの?買うの?サンタさん」と驚いている。

長女が「パパの人形」という。べつにおべっかではなさそうだ。ぼくよりも大きいサイズのものがよくて、お尻を枕にするそうだ。これ以上ない満点の回答である。

「朝になったらおならがブーとなって目覚ましになるね」とぼく。次女が笑う。

「それいいね」と長女。でも結局「家が狭くなるからやっぱりやめた」とのことで、「私の生まれたときからの絵本」だそうだ。このブログは5年前からあるから少しは足しになるかな。

お風呂から上がったら実際のぼくのお尻に頭をつけて枕としてどうかを順番に確かめていた。まな板の上のむいた柿の皮がおいしいと二人でむしゃむしゃたべている。

「次からは捨てないでね、残しておいてね」と次女。

歯を磨いてあげて一緒に寝床に行く。棚にあるぼくが昔につくった建築模型に次女が珍しく興味を示して取り出してしげしげとみている。「興味を持ってくれてうれしい」と素直に伝えると寝転がった長女も「わたしもあるもん」とすかさず割り込んでくるが、「もう体力がゼロパーセントで起き上がれないもん」だそうだ。彼女が今日作ってきた図工のビー玉を転がす迷路が縄文時代の集落みらいでとてもよかった。

「人を立てたら街になるね」

「迷路だもん」とつっけんどんな返事をしてやがて寝付いた。

次女も「寝れない」としばらく時間がかかったが抱きしめているうちにやがてねた。和室にいくとどこから引っ張り出してきたのか、息子がかつて図工でやはり作ってきたビー玉迷路がコタツの上にある。キャッキャさっき声がしたのはこれだったのか。