読書めも〜『思い出るまま』

<思い出るまま/徳田秋聲/2020/徳田秋聲記念館文庫>


・一体にこの国の人は積極性に乏しく、隠忍性に富んでいる。これは地理と気候と前田藩の制作と、宗教に訓練されたためで、大きな政治家も実業家も芸術家も出なかった理由である。その代わり辛抱強く仕事をして来た人は相当にある。頭脳が冷静で忍耐力があるから、こつこつ物を研究する科学者とか工芸家などには適当らしい。

芭蕉に大衆性があるということも、一応考えてみなければならない。芭蕉の時代と今日とは違うし、文学の形式や本質ということも考えて見なければならないであろうが、大衆性ということも、元来外にあるのでは無くて、文学のうちにあるものを指して言うのだろうから、大衆が言おうとして言い得ない一歩上のものが、却って大衆性というようなものではないであろうか。大衆の生活を扱わないものに大衆性のあろう筈がない。芭蕉は市井のあいだにあって、大衆と与(とも)に自然の風物を楽しもうとしたから、大衆性があるといえるので、源氏物語がいくら優れた物語であっても、大衆の生活を扱わない限り大衆性があるとは言えないのではないだろうか。