その日は突然やってくる。人間には2種類いて、熊と実際に遭遇したことがある人と、いない人。

妻が保育園に次女をお迎えにいって家に戻ったとき。家の前で夕焼けがきれいとみとれていると、写真を撮ろうとしていたら、左から「ガルルル」という声がして、黒い塊が突進してきたそうだ。犬じゃない。絶叫し、気が動転したままとっさに車庫の車と壁の間に身を寄せて難を逃れたらしい。次女は幸い妻を追わず、車内にいたままだったことも幸いし、ふたりとも無傷であった。そして熊は行方知れず。

その頃のぼくは自転車に乗っていた。新設小学校の町民での集まりに向かうべく急いでいたから、携帯電話にあった沢山の着信に気づかない。横断歩道で未読のメッセージに気づくと不在着信が二つ。その間に「熊出た」というメッセージ。かけ直すと興奮気味の妻が「聞いて」と珍しく顛末を逐一話す。よっぽどの恐怖体験だったのが伝わってくるが、無傷と聞いているからこっちは好奇心が勝り、面白い話でしかない。早速近所のパパ友や大学時代の友人たちに言いふらす。

保育園に戻って先生二人に報告すると「みちゃいましたかー、アハハ」と笑っていたそうだ。そのあとその先生も自宅前に来てくれて一緒にパトロールしてくれたとのこと。その後、長女をお迎えに行きつつ、交番にいくようにすすめる。

ぼくが新小学校の会議から帰宅すると、息子も喜々として話を聞いていた。同じように好奇心が勝っている。息子の「一度見てみたいな」という空気を、妻は気に食わないようで、正しく危機感を持つようにたしなめている。

最近の新聞は「熊に会ったら」というコラムを連載している。「10メートル以内なら背中を見せずにゆっくり後ずさり」と書いてある。

「そんなことできる余裕あるわけないだろ」と一蹴する妻。そういう状況に実際になるど、背中を見せて一目散に逃げるそうだ。唄のとおり、スタコラサッサである。それが防衛本能なのだろう。それもまた面白い話にしか聞こえない。

でも、次女が車内だったこともそうだし、昨日は庭で子どもだけで目を離して遊ばせていたわけで、無事だったのはたまたまなわけで、やはり怖い。こういうときは護ってくれた極楽の祖父母に手を合わせる。

妻はもう外に行きたくないらしい。幸い被害はなくとも、気持ちがそうなる。熊はそれほど怖いのだ。かねてから興味のあった狩猟免許をほんとうに取るべきなのかもしれない。笑い話のまま、冬眠する12月末までしっかり気をつけよう。