10年後

夏日のような快晴の一日。父の日で部分日食があった日。朝から娘二人がそれぞれぼくの絵をかいてくれて「ありがとう」を伝えてくれる。ずいぶん上手になった。

ご近所さんの家でバーベキュー。タレから仕込んだ炭火焼き鳥、房総のハマグリ、ジビエのイノシシジャーキー、山形の郷土料理のチマキと納豆、どぜうなど。一週間前に仕込んだ梅ラム酒ウクレレジャンベの音楽。どれもものすごく美味しくて、しかも市販にはない。パパ友の二人とも、自分の力で生活し、自然を舞台にして人生を遊ぶ術をご存知だ。この二人といると人生が楽しいと感じるし、何でも自分たちでなんとかしてしまうしなやかさと逞しさに憧れる。渓流釣りで川の支流までいくと尺超えのイワナが釣れるそうで、その旨さについて二人が意気投合している。山、海、川を相手に遊べる人間は強く、そして優しい。

子どもたちはセグウェイに乗って遊ぶ。次女も最初から自分で乗れるようになったが、途中で大きな泣き声がするので見に行くと、段差で転んでしまったようだ。肘を擦りむいてたくさん血がでている。血を洗って抱きしめながら一緒に座る。「痛い」と泣き続けるが、一緒に遊んでいた同年代の男の子が寄り添って自分はもっと大きな怪我をしたと慰めてくれる。メルミを連れてきて少し気を紛らわす。絆創膏を貼ってというが、この手のものは乾かしたほうがよかろうとはらずにそのままにしておく。しばらくしたら、痛みが引いてまたセグウェイに乗り始めた。たくましくなったものだ。そう言えば、保育園での沢登りでもずいぶん積極的に楽しんだようで膝小僧に小さくないアザができている。いつのまにか、彼女も強くなっている。

日食が16時くらいからはじまり、じわりじわり半分くらいが蝕まれて三日月状になった。息子が学校からもらった黒い下じきを持参。よく見える。

次の日食は10年後だそうだ。北海道でよく見れるとのことで、息子はその日北海道に行くとはりきっている。その頃は22歳。もう自由にしていることだろう。次女は高校1年生。「10年後一緒にみようね」というと「うん」と返ってくるのでこっちは約束した気になるが、ママ友からは失笑される。長女は高校3年。「もう無理でしょうね」とママ友が現実を教えてくれる。

前もそうだったが息子と次女はマリオのゲームに夢中だが、長女は見向きもせず、ずっと外で遊んでいる。実に対象的である。

18時頃、家に戻る。昨夜の夜ふかしも効いてそのまま横になって寝る。長女も次女も疲れたのだろう、それぞれ両側で腕枕をしながら寝た。至福の時間である。

そういえば、前の日食は東京だった。池尻の友人の家からの帰り、その時間は地下鉄に乗っていた。妙に覚えているものだ。10年後はあっという間なのかもしれない。それなりに自分の人生も楽しかった気もするが、自然にせよ建築にせよ、まだまだ世界を味わい尽くせていない。この地球に生をうけたからには、時間を大切に、少しでも味わって死にたいし、子どもたちにもおのおの満喫してほしい。