父は命拾いし、長男は壁を超えた

夏の終わり、ドライブの通りすがり、幅20メートルくらいの川が、がくんと高さ5,6メートル落ち込み、いくつも滝ができて、水が流れ落ちている川を見つけた。
滝の下はプールになっていて、その滝から、ちびっ子やら大人が次々と飛び込んでいて、目を奪われる。
流れも速くない。絶好の条件。もうこれは天然の滝が、遊んでくれといっている状態。
むちゃくちゃ楽しいそうじゃないか。穴場なのか、日がくれているからか、混んでもいない。
最高の遊び場じゃないか。来週ぜったい来ようときめて、翌週予定通り、家族で向かう。

夏休み最後の週末だから、人はまばら。水も冷たい。
最初は小手始めに、滝の支流の浅い川を浮き輪で下る。長男、長女と次女が浮き輪にまたがって、妻が支えて、3人で優しい流れに乗る。
十分楽しそう。慣れてきたら、代わりばんこに長男と長女がひとりずつで下る。

その後、いざ滝に挑戦しようと、滝に向かう。
実は、冒頭から大失敗をして、冷や汗をかいた。長男と岩をのぼる。落ちないように、手をしっかりにぎる。
一番上につく。2階の屋根くらいか。けっこう高い。わぉこっから落ちるのか。
やる気満々だった長男も怖気づき、こわいといいはじめる。
ぼくまで怯えたら伝わるから、大丈夫だよと先端にサラッと、ためらわず、鼻歌交じりで連れて行こうとした瞬間、
ツルっと足がすべって、ぼくが滝の一番上で足から転ぶ。

あ、この転びかたはマジでやばい、と直感する。
足は水にとられ、このままだと腰が落ちて流される。
こういう身の危険が迫ったときって、ほんとにスローモーションになるんだな。
足が滑って、腰が岩に落ちるまで、風景の回転が、すごくゆっくり。
意外に冷静で、遠くでみてた人も「あっ!」っていってるのが聞こえる。
長男と手をしっかり繋いでたことを思い出す。離さなきゃ。と思うのだけど、うまく身体が動かない。

腰が岩に落ちる。すべり落ちてしまうのか。生命保険、入ってるよねオレ。
手と足にぐっと力を入れてしがみつこうとする。止まれっ。
半ば落ちる覚悟はしてたけど、足がちょうどいいくぼみにひっかかり、流れも弱く、なんとか、止まった。
助かった。ありがとうご先祖さま。
片足のビーチサンダルは滝に落下。プカプカと下で流されている。

後ろで、長男の「痛って〜」という声がする。
落ちた拍子に、つないでいた手ごと、岩に強打したようだ。
父ちゃんの恐怖も伝わったのか、テンションが一気に下がり、「オレ、いいや。無理。帰る」という。
この脳天気オヤジについてくと、エライことになると察したようだ。
動物的防衛本能が正常に働いておる。そうだね、と一度退散。

ベースキャンプに戻ると、一部始終見ていた妻が「もう〜何やってんだお前」顔。当たり前だ。
保護者たるべき父が、滑って愛息を危険に晒した上に、飛び降りずに帰ってきやがった。明らかな失態。
底がツルツルのビーチサンダル履いて、岩を登るんじゃね〜よ、なめんじゃね〜といいたいらしい。
だって川って足痛いだもんよ。他の人も履いてるじゃん。って、他の方々は、サンダルじゃないんだね。
よく見ると、それ専用のマタタビのような川靴なのか。

飛び込まずに帰る不完全燃焼感は避けたいということで、信頼を失ったぼくではなく、
妻が長男を元気づけて、もう一度連れて行こうとする。
ぼくは長女と次女ともう一度安全なピチャピチャ川下り担当になる。遠くから見守る。

妻と長男のコンビが滝に向かう。
その道何年かという地元らしきオッチャンとお兄ちゃんたちが先にダイブしてて、声をかけてもらったようだ。
このお兄ちゃんたち、長男と年齢はそんなに変わらないだろうけど、公園の滑り台を滑るくらいのためらわなさで、一番高いところから飛ぶわ飛ぶわ。
時にネジのようにクルクルっと横回転しながら落ちたり。ベテランだ。
そして優しい。初心者だとわかると、一緒に来いといって、長男を連れていってくれる。
岩のこの箇所は滑るから、足を置くのはここにしろとか、手とり足とり教えてくれて、先に飛んでお手本も見せてくれる。
そのおかげで、長男もだんだん元気を取り戻しているようだ。
妻もカンゲキしていて、だんだん自分もやりたくなったようで、先に妻が飛び込む。
怖がる長男を奮い立たせようとしたのだろう。
身を投げる妻はあまりみたくない。でも、本人は実に爽快そうだ。

妻が再び滝に上り、一段低いところで飛び込みスタンバイをしている長男に声をかける。
長男の番になっても、なかなか息子が飛び込まない。
足が震えて、勇気がわかないらしい。上から妻が励ましている。
下からは、オッチャンも浮き輪を持って、辛抱強く声をかけている。

ここまできたら、戻るわけにもいかない。
川べりから、長女も心配そうに見ている。
5分くらいたった頃、覚悟を決めたのか、いよいよ長男が、飛び込む。
滝壺に沈んだかとおもうと、水面から手が見えて、浮き輪をつかむ。
顔の水を払いながら、笑っている。興奮しているのが、遠くからでもわかる。

こっちに戻ってきて、やったぜオレ!っていう達成感が体中から出ている。
めっちゃ楽しいこれ!また行きたい!とさっきの怖気づいていたのが嘘のよう。
よかったよかった。

「父ちゃんも、行く?」ということで、今度は一緒にいく。もちろんビーサンは脱いで裸足で。
もう手も繋がない。オッチャン家族が、ぼくにもいろいろと教えてくれる。ありがたや。

さっき転んだところに再び到着。
オッチャンの息子が先に例の横旋回をしながら飛び込む。よしあそこに落ちればいいんだな。
以前バンジージャンプをやったときに、ためらったらダメ、の教訓を得ているから、何も考えずに、足を踏み出して、飛び込む。
数秒でしかないけど、地面に足がついてなくて、重力にただ身を預ける浮遊感。からの、ザッブーン。
足の先端が滝壺の底にちょこっとつく。深いんだなぁ。冷たい水が身体を持ち上げてくれて、浮き輪に捕まる。
気持ちよいっ。なんだこの楽しい感じ。
プールのウォータースライダーにはない、滝上までたどり着くハラハラ感と、落ちるときのスリルと解放感。
人工のものでは味わうことができないこの感覚。格別だ。

滝の上の長男に声をかける。さきほどとは打って変わって、早く飛び込ませろとウズウズしているようだ。
浮き輪の位置を指定してくる。「うん、そこそこ」といってOKが出たら、勢いよく飛び込んでくる。
落ちてくる長男を見上げる。このアングルは初めてだ。勢いよく水しぶきを上げて沈んだかと思うと、すぐ浮き上がってきて、予定通り浮き輪をつかむ。

「もう一回いこ。」親子でアドレナリンが出ている。もうやみつき。

日が傾き、水が冷たくなるまで繰り返す。
オッチャン家族にお礼をいって、先にお暇。
「来年、またここで会おうな。」
なんて素敵な別れの挨拶なんだろう。

「あ~すっげ〜楽しかった〜。早く来年の夏にならんかなあ。来年は、もう一つ高いところから、やってみようかな。」
飛び込む一歩を踏み込んで、こいつは壁を超えた。超えたら、さっきまでの世界とは別の世界がそこにはあって、戻れなくなる。
オヤジのチョンボで高い壁になっちゃったけど、そんな一皮むける瞬間を間近で見ることができた。

天然の遊び場と親切なオッチャン家族。しかも無料。田舎の良さが凝縮してた一日だった。
きっと原始人もやってたんだろうな、この遊び。
来年の夏が待ち遠しい。川靴も、買ったことだし。