サンデースノー

始めて雪が積もった日曜日の話。

起きたら積雪約20センチ。ここはスキー場ですかというくらい吹雪いた。おかげで庭も屋根も真っ白。窓の外の雑木林も重そうに雪化粧。きれい。エルサが来たというより、雪舟だなこりゃ。

息子はテレビのドラゴンボールを見に友達の家に行く。ホワイトアウト的な中に突っ込ませるのは流石にまずいかとなり、徒歩は諦めて今日は送迎してやる。帰ってきて、子どもたちに餅を食べさせる。雪の日の部屋は実に明るい。太陽の光が、いつもは東の窓から差し込むだけなのに、今日は地面の雪に反射して、西側の下の窓からも入ってくる。結果、普段は見ない影が壁にできている。下から光、上に影。不自然さがいとおかし。

お腹がふくれてくると、長女、次女「雪で遊びたい」とウズウズ。
その前に、次女はオムツをかえなくちゃ。昨日皮膚科でたくさん水イボをとった。オムツのところだから、妻と二人がかりで消毒したりメンテナンスが必要。一箇所一箇所消毒して、バンドエイドの綿の部分だけ切って、それを貼り付けるという結構骨が折れる作業。これ、2週間もやるのかとおもうと大変だけど、良くなることを信じて。イタイらしく、バタバタあばれるので、二人がかり。
完了。いよいよスキーウェアを着替えさせて、いざ庭へ。次女の手袋がないので、妻が左義長にいくついでに買ってきてくれるらしい。
 
庭をただ走り回ってキャッキャよろこんでいる。平でまっさらな雪面に、飛び込んだり走ったりしたら自分の跡ができる。秩序から、非秩序の流れ。自由に何しても怒られない。しかもフカフカ。スケッチブックに「何描いてもいいよ」といったときに夢中になっているあの姿の、キャンパスがどでかく、全身が筆になっているかんじ。そりゃ楽しいわな。
この寒さは子どもは苦痛じゃないらしい。でも断続的に鼻水は出てくるので、ときどき呼びつけて拭いてやる。
長女は仰向けに寝ころがって、手と足を回転させている。「起こして」とさけんでいる。「自分で起きたら?」というと、「それじゃだめなの」と。なんでか聞くと、どこで教えてもらったのか、そうしたら、4つの扇形ができて起き上がると「天使のマーク」ができるらしい。だから、真っ直ぐ起こしてもらわないと、その跡がくずれるとか。起こしてみる。なんということでしょう、たしかに天使にみえるわ。だれに教えてもらったのか不思議だったけど、後日、保育園で読んでっていわれた絵本にそのくだりを発見。
気温は0度くらいなので、初雪のときより雪がサラサラしてる。前は、ギュッと小玉をつくって、コロコロ転がすだけでどんどん大きくなり、雪だるまが簡単にできたのだけど、今日はできない。ギュってやっても、固まらない。サラサラ散るし、転がしてもくっつかない。水分が糊の役割をしているのか。

妻が帰ってきて、ソリを実家からもってくる。でかした。ほんの小さな山だけど、滑らせてみる。うまくいけば7,6メートルくらい滑る。十分楽しそうだ。手袋とスキーウェアの間にすき間ができて、肌が雪にふれて、長女がいやらしい。ときどきぼくのところにきて、直してという。かぶせてやる。それをみて次女もそんなサービスあるんだねと気づき、彼女もちょいちょいやってくるようになる。すぐにずれるから、結構めんどい。そして次女に買ってきたはずの手袋は、まだ大きすぎて頻繁にずれる。3人でキャッキャやっている。微笑ましい。長男はコースがずれて樹にぶつかるのがいやで、コースの補修など、兄ちゃんらしいことをしてやっている。

喜んでいる顔をみると、父ちゃんどんどんソリのコース、高くしたくなるわけでして。
雪をあちこちから集めてきて山をつくろう、ってなる。一番熱心に手伝ってくれたのは長女。せっせと甲斐甲斐しく雪を運んできてくれる。次女は長男、次女がやってるのを見て、そのバケツは私のだから寄こせ、私もやりたいと主張。雪の中でもイヤイヤ期特有のわがままは出る。長男も長女も渡したくない。そこで虫かごをもってきて渡す。1人一つになって、各々がバケツと虫かごに雪をつめては雪山にもっていって、出す。この繰り返し。

飽きてきたのか、まだ道半ばだけど、長男が長靴に雪が入ったのでそろそろ家に行くという。次女もそれについていく。残るは長女。
雪が激しくなってきた。日も傾いて薄暗くなってきて、こっちも疲れてきたけど、まだ彼女は外にいたいらしい。
滑る?と誘うとウンといって、ちょっと高くなったコースを。調子のいいときは9メートルくらい滑る。
ぼくも1人でやってみる。楽しくて、懐かしい。実家の寺の前にあった坂を滑った幼少期を思い出す。

その後、何度も背中を押してやる。ブランコ、ソリ。彼女の背中を押してばっかりだな。そして、どんどん重たくなっている。

おにわゲレンデ営業終了。長女は家の中へ。小さい一軒家、だけど建てるとき庭は広めに確保した。それは、今日みたいなことをしたいと憧れていたから。だから長女の反応は嬉しかった。バケツに残ってた雪を、片付けずにガレージにそのままにしておくという。解けるよ、というと「知ってるよ。それでいいの」だそうだ。

長男がサッカーの時間になるので一緒に行く。3週間のインターバルをはさんで、新年一発目。サッカーコートは屋外だけど屋根がある。雪でもサッカー少年たちは元気にコートをかけまわっている。今日はウィンドブレーカーみたいな、でもサッカー仕様のカッコいいジャンパーを着ている子どももいる。ああいうの、買ってあげてもいいかもしれない。しかも、なぜかうまそうにみえる。

脇で見る保護者たち。日中ずっと庭にいたせいで、そのギャラリー席でじっと1時間座るのはさすがに堪えた。半泣きになるくらい寒くて死にそう。途中眠くなる。これはきっといわゆるあれですか、雪山で「おい寝るな!」というシーンがあるあれですかね、ということで、寝ないようにする。骨までカチンコチン。でも久しぶりのサッカーを見ていたいからがんばって居座る。少しでも上手くなってるな、という気づきがあるのがうれしい。

家に帰ったら、妻が気を利かせて風呂に直行できるようになっていた。指先とかほとんど感覚がなくなった凍った身体を湯に浸す。あたたまる、を通り越してふやける、というかんじ。停滞していた血が目覚め、全身を流れていくかんじ。生き返る。
サウナで水風呂と風呂を行き来する人がいる。どうしてそんなあえてつらいところに飛び込めるのか不思議でならなかったけど、こういうことなのかも。

風呂から上がると、どっと重い疲れがきた。けど、冬はこうでなくちゃいけない。
子どもたちもいつかこの記憶が、愛着にかわるはずだから。今日のぼくのように。

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