読書めも〜『コルビジェぎらい』

コルビジェぎらい』(吉田研介/自由企画/2020)を読んだ。

 

80歳を超える建築家のコルビジェへの、いやコルビジェを盲目的に称賛する人たちへのいさぎよい批判。本音であっぴろげだから嫌味でなく痛快だ。嫌いだとここまで詳細に調べて追求することもないだろうから、コルビジェへの、そして建築への愛の裏返しと読むべきなのだろう。この20世紀を代表する建築家は世界の都市計画・建築に多大な影響を与えたわけで、それには功罪ある。その罪が列挙されている。カリスマ建築家はアーティスト的建築家で扇状的で我田引水で社会性に欠ける。それに憧れた建築家が世界中に誕生してしまい、ついぞ日本では建築家というのは単なるやっかいな存在に成り下がり、いまや影響力を失ってしまったという嘆き。一方でこの国の発注者は建築家の上手な活かし方をしらない。今後、この断絶による悲劇的な関係は修正されるべきだ。そうでないと街から浪漫がなくなる。建築家は本来的には侵食を忘れて「浪漫」に没頭して献身的に仕事をしてくれる人たちだ。コルビジェ的建築家はもういらないのはぼくもそう思う。そうではない建築家、誠実で真摯に街の未来を考えてくれる存在に、地方こそ頼るべきだと思う。

ちなみに、サヴォア邸はぼくは感動できなかった。サヴォア邸に魅力がないのではないない。むしろこれがモチーフとなって日本でも洗練されたモダニズム建築を先にみすぎたために、原型に対して免疫があったからだとおもう。ドラクエ1をあとからしても感動がないのと同じである。それでもラロッシュ・ジャンヌレ邸には感動した。湯にてダビシオンは仲間で強引にでも入るべきだった。

80歳を超えた方の文は遠慮がなくていいたいことがはっきりしていて読んでて面白い。