インドの山奥

小学校のころ「やだよ、〜グルト、うがらし、んじまえ、びふらい、んどの山奥、出っ歯の禿あたま、〜マは怒りんぼ、くは泣いちゃった、ぬきの立ちション便所の戸が開かない、チンゲールが死んじゃった、こ凧あがれ、んこん大根大根台所の缶ビールが盗まれた」という、「やだよ」に続くシリトリの歌みたいなのがあった。

それを我が子の前で唱えたら久しぶりのスマッシュヒットで3人とも全員がバカウケして、「紙に書いて」と歌詞カードを要求され、書いたらそのカードが取り合いのケンカになるという。そしてひたすら繰り返し歌って暗唱するまで徹底的に繰り返している。小学校がちがう妻はちょっと違っていて、妻のバージョンの歌詞カードもでき、2つのバージョンとも覚えるのに必死になっている。

今日は「どちらが上手にできているか」のコンテストと息子と長女としていた。全く覚えたところで意義がなさそうなこの無意味フレーズに、なぜここまで夢中になれるのだろう。こんな集中力、宿題のときはじめ、みたことがない。

とはいえ、意味がないと思うのは大人だからなのかもしれない。息子にしたら、これを学校で披露したら友だちたちが喜ぶ、というのが見えている。サービス精神からこのモチベーションが来ているかもしれない。友だちとのコミュニケーションのネタとして、十分意味があるのだろう。