まさか自分が

オレオレ詐欺にまさか自分が引っかかるなんて、ありえないと思ってたけど、見事にインターネット詐欺に引っかかってしまった。

夕食時に妻が「今日サッカー日本代表の試合、してるんだって」と新聞でみつけて、アガサ・クリスティーを読んでいた息子に話かける。夢中に読んでるから聞こえないようだ。別にいいんじゃないかと思っていたけど、息子が一息ついたときにまたいうと、息子は当然「みたい」という。

我が家はテレビがないので、車でみるかしなきゃいけない。ネットで生中継をしているんじゃないかな、と探しはじめる。オリンピックや高校野球はそれでみた。ワンセグでもいいのだが、あれは解像度が悪くて以前息子から「これじゃわからん」とクレームがあった。今回はきれいな方で見せてあげたい。

「サッカー 日本代表 生中継」で検索してみると、今思えば、どうして疑わなかったか不思議だけど、「ここで見れます」というリンクを貼ったブログを発見。海外のサイトのようだ。

そのリンクをクリックしたら、テレビ朝日のロゴと日本代表の写真がドーンと出てきて、「見るためには会員登録を」という。

妻から「ね、今パソコンで見るための作業してるの?」といわれ、「早くしろ」といわれていると解釈して急ぐ。早く息子に見せてあげたい気持ちで気が急く。

「会員登録」をクリックしたら、「クレジットカードの登録を」とある。さすがにおかしいぞ、と思うけど、左に「クレジットカード登録したって、課金はいっさいかかりません。安心してください!」とある。いつもは疑うはずなのに、急いでいるからカードを取り出してセキュリティ番号まで入力してしまう。しかも、「セキュリティも万全です!」と書いてある。追い詰められたとき、この言葉を疑うのではなく、信じるようにポジティブ解釈してしまうものなのだな。今思えば、暗号化のSSLの表示とかはなかった。でもあのときは信じてしまった。さらに、あの日本語、ものすごく不自然で、たどたどしかった。

しかし、こっちはサッカーを早く見せたい一心なので、「次に進む」をクリック。

そこは垢抜けたサイトで、Axleleといかいうロゴが出てきている。映画や本やら音楽やらビデオのサムネイル画像がたくさん並んでいる。「ようこそ最高なあなたのエンターテイメントへ」。テレビ朝日の子会社かしら。こんなアプリを最近はテレビ局もやるようになったんやねぇ。と、ここでもぼくは、気づかない。

検索ボックスで「サッカー」と入れても「結果はゼロ件です」と表示される。ん?おかしいぞ。テレビ朝日はどこへいった。

 

右上に「いま5日間無料トライアル期間です。もしも解約するならこちらからしてください。」というタグがある。あれ、無料じゃなかったのか。サッカー見終わったら、解約しなくちゃな。

と思っていた矢先、登録したEメールに「アップグレードありがとうございます」というメールが届く。3ドル弱が課金されますと請求書になっている。英語と日本語が混ざっている。日本語は明らかにネイティブじゃない。

メールの下には「わからないことがあったら、躊躇することなく電話かメールしてくれ」とある。外人のコールセンター風のヘッドホンをしたお姉ちゃんが笑った画像がついている。電話は国際電話の番号で、明らかに日本の番号ではない。1-からはじまる。最近はテレビ朝日も海外にアウトソースするようになったのか。ボーダレスやねぇ。とここでもまだどこか信じたいと思っている自分がいた。

 

でも、さすがに いよいよこれはどうも怪しいと思って、

「なんか、怪しいサイトにつかまったみたい」とぼく。

「え?さっきから、何やってるの?」と妻。

「いきなりクレジットカード出して何やってるかと思ったわ。あんたらしくない。」

「う、うん、早くみせてあげたくて」とぼく。

 

「別にそんなこと頼んでない。ワンセグでいいのに」といって、ワンセグで視聴しはじめる。「いやネットのほうがきれいかと」と細い声を絞り出す。情けなくなってくると同時に、だんだん冷静になってくる。

 

ひとまず電話してみるか、と。ぼくの携帯がみあたらなかったので「ね、電話かして」と妻にいうが嫌がられる。かけてみても、つながらない。

メールにアメリカの住所がかいてあるので検索すると「ペーパーカンパニーのアドレスです」と出て来る。Googleで「Axele」で検索しても全く出てこない。

 

ここでいよいよ気づいた。これは、おかしい。しかし既に時既に遅し、蟻地獄に引っかかったのと同じで、もう解約しようとクリックしたらまた課金されるという地獄にこのあと陥る。何もかも向こうの方が一枚ウワテだった。こちらの心理を完全に把握して、巧みにクリックさせる術で、そのサイトは作られていた。

 

例えばこうだ。さっきの「解約してください」のバナーにいって「こちら」をクリックする。「解約しますか」とあるので「進む」にクリックすると、それまでサクサク動いていたサイトが急に進みが悪くなり、お待ち下さい表示が現れてグルングルン回り始める。こちらはイライラしてきて、下にある「参照」というボタン、「参照」って意味がわからないけどひとまずクリックしてみる。

そしたらすかさず「プレミアムコースへのアップグレードありがとうございます。」という感謝のメールが届く。9ドルの請求がさらにある。

おそろしい。あのサイト、何かをクリックするたびにアップグレードの承認ボタンになっているのか。

その後、タイムラグがあって、「キャンセルされました」というメールがとどく、しかしそこには「今後は課金されませぬ」という英語。いや、このアップグレードのキャンセルをしたいんだけど、こっちは。

 

「え?父ちゃん詐欺にひっかかったん?」息子はむしろ関心を持ち出した。

「訴えたらいいやん」

といっても、相手はどこの誰かわからない。しかし自分の財産をもう握ってしまわれている。不気味だ。電話したら、さらにいろいろ情報吸い上げられそうだし、サイトにも怖くてこれ以上アクセスしたくないという心理になっている。白旗。

 

事情を知らない長女もいつもの調子で「ねぇパパ、歯を磨いたから一緒に寝よ」とのんきに話かけられる。「ごめんね、いまパパ大変なことになってるの。話かけないで」と心が痛いけど断る。おやすみの時間になった長女と次女は妻が寝かしつけることになった。貴重な時間を奪われていることに腹が立ってくる。

 

このサイトであれこれしててもダメだと諦め、カード会社に電話してとりあえずカードを止めてもらい、再発行してもらうことにする。もうスキミングされたのと同じだから、根本を断つしかない。直近の利用をみると、3クリックの3件分がしっかり請求かかっているそうだ。1$、2.95$、9.95&。あわせておよそ1,500円の損失。オペレーターお兄さんの声に「あなた、やられましたね。お気の毒に」が含まれておる。

ああ情けない。日々百円単位でいろいろ我慢してちまちま節約しているのに、一気にこの額が何のサービスの対価もうけていないのに奪われたことは実にくやしい。これが一桁違っていたら気が狂っていた。

カード会社に今朝、再度連絡して、この利用分は補償されるかと聞いたらお姉さまから丁重に「いたしかねます」と断られる。お客様ご自身で入力したんだし、が理由。この美しい声の女性に「あんた、いかがわしいサイトみてたんだろ」と思われてるのだろう。

「いえ、私は詐欺にひっかかりましたが、いかがわしいサイトではございませぬ、ただ息子のために」と言い訳したかったが、向こうもオトナなので「どんなサイトですか」は聞いてこなくてその機会は与えられなかった。

ちなみに名前をローマ字入力していないくても課金されるらしい。カード番号、セキュリティ番号、有効期限だけで照会がかかり、それがあっていれば課金される。うかうか登録なんてするもんじゃないなぁ。

それにしても、この金額は絶妙なのかもしれない。「まあいいか」と泣き寝入りであきらめられないくもない。こうやって小銭をあちこちの追い詰められたユーザーから巻き上げているのだろう。そして、あのリンクを貼ったブログにもアフィリエイト報酬がいっているのかとおもうと悔しい。

そして何よりもいろいろ時間が無駄になったほうが悔しい。カードを止めるし、定期支払をしている生命保険や携帯電話の会社に連絡しなきゃだし、こんな記事もかかなきゃだし、何より娘たちとの楽しい時間も奪われた。

おのれ悪質ネット事業者め。そうやって、ぼくはまたテレビとネットが嫌いになってゆく。そして、ぼくもさらに歳をとったらオレオレ詐欺予備軍なのだと気づく。息子にサッカー見せたいばかりに1,500円奪われるぼくは、息子が事故にあったと電話された日には、頭に血が登って数十万とか振り込んじゃうかもしれない。「まさか、自分が」とよくあちこち書いてあるけど、あれ、ほんとそうなのだな。

でもいいこともあった、朝、長女から「パパ、いまの心は何色?」と聞かれた。楽しいとピンク色、傷ついたら青色らしい。

「青色だよ」

「なんで?」 意外そうである。

「パパ、パソコンにお金とられちゃったの」

「パソコンに?」

「そう、パソコンの中にわるい人がいて、ウソつかれてとられちゃったの」

よくわからない表情を長女も次女もしている。そりゃそうだ。しかし、これ以上の詳細は話せば長くなる。

 

次女が「ママ、あのカバン、どこ?」と聞く。お気に入りの小さなポーチのことだろう。「あれ、保育園持っていけないよ。」と妻。

「いいから。」

そういって、ポーチをとりにいって、斜めにぶら下げながらぼくのそばにやってくる。「お金、とられちゃったんでしょ。だからあげるね」と財布からお金をくれようとする。な、なんと。3歳でもそういう気遣いができるのか。

「ありがとう。優しいね。でもパパ大丈夫だから、自分のほしいもの、買ったらいいよ。でもパパうれしくなったから、ハート、ピンク色になったよ。」といって二人を抱きしめた。

 

冷静に考えると、テレビ朝日のサイトにいったらネット中継をするなんてどこにも書いてなかった。まずはそこに行けばよかったのだし、カードの入力は慎重にという当たり前のことに気づく。授業料だと思ってあきらめる。アホなことをしたときは、言いふらしてネタにすることに尽きる。