妻の誕生日

一日空けて妻の誕生日がやってくる。義父・義母を誘ってホテルのディナーバイキングを選んだ。誕生日だと10%オフになる上に、ケーキがサービスされるということを妻が発見してくれた。

電話で予約すると「1つの予約につき、ケーキは1つです」といわれるが、我が家は誕生日が二人いる。ここは粘るところだと思い、「そしたらもう一回電話して7人を4人と3人の二家族の予約に分けたら、ケーキも二つになるんですかね」と意地悪なことをいうと「う〜ん」となって「じゃ、お会計二つにしてもらえたらそれでいいです」と実に合理的な回答をくれた。さすが。

さすがホテルのバイキングは普段食べられないような豪華なメニュー、例えばステーキからメロンまでがいろいろ並んでおる。アイスもケーキも沢山ある。ソフトドリンクも飲み放題だけど、サーバーがファミレスでよくみるコカ・コーラの既製品ではなくて格好がいい。平日だからか混んでないから気楽に動ける。洋食だからあまり観光客はこないだろうけど、このホテルの宿泊客であろう裕福そうな欧米系ジェントルマンとマダムが窓際の席に座っている。店の内装デザインからして、しっくりきて似つかわしい。フランスパンをちぎって頬張る姿が実に自然で、観光客なのにホーム感がある。一方、目を我がファミリーに移すと、落ち着きがなくソワソワしたアジアンたちでむしろアウェイに思えてくる。

つい、子どもたちに「めったにこれないぞ。もったいないからたくさんお食べ」と貧乏根性丸出しのことをいってしまう。息子はここぞとばかりにメロンをこれでもかというくらい食べている。ライチがあったので、「これ、知ってるか。美味しいぞ」と皮を向いて長女と息子に食べさせると「酸っぺー」といって二人共顔をしかめる。あまり気に入らなかったようだ。ぼくが初めて食べたときはとても美味しく感じてずっと食べていたんだけどな。

いつも大好きなファミレスと比べてどうか聞いてみたら、「こっちのほうが美味しい」という。お世辞ではなさそうだ。子どもでも違いを感じるものなのだな。

1時間くらいたつと、さすがに、みんなお腹がいっぱいになってきたもようで、妻が「これからホールケーキ2個出て来るなんて、大丈夫なの?1個にしてもらえば?」と心配そうにいう。既に次女なんてバイキングにあるケーキをバクバク食べている。

悩んだが、昨日の電話で無理やり2個にしてもらったワタクシとしては今さら「すみません、やっぱ1個で」は避けたい。行き場を失ったケーキは、捨てられるか、良くて誰かが持って帰るかだろう。調整してくれたスタッフもいるだろう。

スタッフを呼んで「ケーキ、お願いします」と伝える。妻が横から「いいの?1個にしてというなら今よ」的な指摘をするが、「2個、お願いします」と踏み切る。昨今世間を騒がしている「今さらできないじゃすまされないぞ」とコーチにいわれて追い込まれたアメフト選手の悪質タックル事件を彷彿とさせる。

「ケーキがサービスされるとはいったが、2個くれとはいっていない」という指導者と「二人いるから、2個必要だと思った」という選手のコミュニケーションのズレ。いざとなれば「自分が1個丸ごと食べてやる」と腹をくくった。

ケーキが運ばれてくる。我が家が一昨日息子の誕生日に買ったやつよりも一回り大きかった。うれしいが、これはいよいよ大変なことになったと焦ってくる。

「さぁ、どうやって切りましょうかね」とスタッフに尋ねると、少し驚いた表情で、「ここでお召し上がりになりますか?」と返ってくる。

「も、持って帰れるんですか?」思わず上ずった声になる。

「はい、できます」

「あぁ〜よかった」

一同安堵の表情になる。とはいえ、家に帰っても2個は食べられないよな、と思うけどこのディナーは平和に終われそうだ。妻も「それなら、一昨日買わなくてよかったね」という。確かにこれがあるなら、これからはこうした方がものすごくお得感がある。

息子の方にだけロウソクを立てて火を点けて、フーっと消してみんなで写真を撮ってもらって、バイキングにあるデザートをゆっくり食べる。長女、バニラと抹茶のアイスを掬ってきては食べている。めでたしめでたし。

しかも、昨日長女の同級生が誕生日だったというので、その友だちの家に1個おすそ分けすればいいのでは、とひらめく。電話したらウェルカムのようなので帰りに立ち寄る。我ながらナイスアイデアだ。

家に帰ると長女がこっそり書いていた手紙を渡している。一昨日と同じように、ピアノを伴奏するからみんなで歌ってねといって妻にハッピーバースデーを歌う。息子はドラえもんの本に夢中で声が出ていない。「おいお前」ともう1回長女に弾いてもらって息子だけソロで歌わせる。照れくさいのか笑いながら歌う。音程がだいぶズレている。まぁ妻が笑ってうれしそうなのでよい。

ケーキを切ってまた食べる。長女も「もうお腹いっぱい」と少し残す。次女は全部食べる。息子は食べながらドラえもんの本を読んでいる。各々満足そうで何よりだ。妻が「たしかに、この歳になると子どもの誕生日のほうがうれしいわ」としみじみいっている。

ちなみに、そのホテルのお店は昨年の夏、香山先生と食事をご一緒したお店でもある。たぶん人生で何度かしかないような今後の仕事の運命を左右する山場の日で、つかのまの緊張から解き放たれた時間だった。建築のみならず、フィラデルフィア満州、お孫さん話などいろいろ伺って楽しかった。ぼくが育児のために週に2.5日の勤務形態を選んでいると告白したのもその時だった。「親になった以上、子どもを育てるということは最大の仕事だ。それは素晴らしいことだ。結局人生、我が子を育てる以上の喜びなんて、そうはない。」と温かく励ましてもらった思い出が蘇る。

次は8月に義父と次女のこれまたダブル誕生日ウィークがやってくる。そう、ケーキ二つ、がまたできてしまう。この企画があるかぎり、我が家はケーキ目当てでまた行ってしまうのだろう。