次女の意地

朝晴れた。雪はまだまだ残っているけど、道はアスファルトが見えるくらいまで溶けた。

長女と次女を保育園に送るために玄関を出ると、次女が「歩いていきたい」という。それを聞いた長女は「え〜、寒いから車で行きたい」という。夏は二人とも「歩いていきたい!」と元気にいっていたのにな。

どっちにしようか迷う。時間には余裕があるし、久しぶりだから歩きたいのが本音。でも長女が珍しくNOといっているからなぁ。

次女に聞く。

「どうせ途中で『抱っこして』になるでしょ?車でいこうよ」

次女はハッとした顔をした。「やべぇそうきたか」という顔だ。懐柔されそうになっているのを気づいている。事実、一年前と違って、次女もすっかり重たくなり全行程を抱っこすることは腕がもはやもたないのだ。去年は二人を抱えて歩いてたのにな。

「いわない」

心なしか引き締まった顔で、決意とともにはっきり口にした気がした。

「なら、あるこうか」

状況を理解して、長女もしぶしぶ歩きだす。

歩きながら、ぼくがあのようにいったせいで、次女も抱っこしてほしいのに遠慮しちゃうんじゃないかと気になる。

いつもの大階段は雪がまだあるので、遠回りしたルートにする。

歩いていくうちに、「手が冷たい」と次女は上着のポッケに両手をいれ、長女は袖の中に手を入れる。手袋をしてくればよかった。

「転んだら、手を付けなくて危ないからね」

と手を差し出す。ぼくは昨日新聞屋がくれた赤い手袋をしている。

「赤い手袋になったんだね、かわい〜」

女子はこういうところはきちんと気づく。

「手袋、あったかい」

しばらく二人と手をつないでいくけど、次女が車が走る右側を歩かされているのに気づいて「左に行きたい」というから、ぼくは右手も左手側に寄せたから、横を向きながら前へ進むという微妙な態勢になって、非常に歩きづらい。

これならまだ次女を抱っこしたほうがさっさと進むのだけど、次女は今日はまだまだ言わない。

やがて次女もやりにくいとおもったのか手を離す。でもまたポケットに手を入れようとするから、保育園に持っていくスキーウェアのなかから手袋を出してあげてやってあげる。本当は保育園で遊ぶ前に濡れたらやっかいだから出したくなかったけど仕方ない。

安心した次女は道路脇の雪を触ろうとするから「濡れちゃって冷たくなるからやめな」と制するけど、次女はいつもはいいといわれたことがなんで今朝はNGなのか不思議そう。

「早く行くよ〜」と長女が促してくれる。寒いからとっとと保育園に付きたいのだろう。

交差点でストップ右、左を二人に確認させて、「大丈夫」と思ったら前に進ませる。小さくてもちゃんと判断できるようになっている。

途中、老人ホームがあって「あ、こここないだおじいちゃん、おばあちゃんに唄を歌いにきたところだ」と長女。

その先に保育園のすぐ脇に通じる大きな階段があって、まだ雪はあるけど、こっちの階段はたくさんの人が通るために踏み固められた道になっている。これなら行けるかな。

「ここから行く?回り道する?」と長女に聞いたら「こっちから行きたい」とすぐ返ってくる。

「足の指、冷たい。」

「雪、長靴に入ったの?」

「ううん、でも冷たいの」

外から冷やされたようだ。ゴムのペラペラな長靴だもんな。分厚い靴下をしてあげればよかったか。

次女もオウムのように「こっちから行く」と階段を登る決意を口にする。今日は積極的だ。

途中、雪にズボっと足がハマっても大丈夫なように、二人の長靴にカバーをちゃんとしてあげる。

長女は滑ることもなく、手すりをうまくつたいながらさっさと一番上まで行ってしまった。たくましい。

次女は一段一段、おそるおそる進んでいく。たどたどしく手すりを持つけど、そのステンレスが冷たいからすぐに手を離すから不安定になる。

段は100段以上あるから、このペースでいくと上で待つ長女が凍りつく。

「抱っこ、してあげようか?」と提案。

「大丈夫」と断ってくる。

ひょっとしたら、出かけたときのぼくの言葉を気にしているのか。

「いいよ、寒いでしょ抱っこ、してあげるよ」と再度提案してみると、

「だって、『車で行く』っていうもん」。

やっぱり、「歩け、さもないと車になるぞ」という脅迫観念からがんばって歩こうとしてたんだ。ちゃんと発言の意図を受け止めて考えて行動しているんだな。そして、申し訳なくなる。

「いいよ、ここまでがんばったから『車で行こう』とはもういわないよ」というと安心したみたいで、抱っこさせてくれる。

抱えてから「でも抱っこしてほしいときは、ちゃんと言っていいんだよ。やってあげるから。」というと少しほっとした顔になる。

ぼくが転んだら元も子もないので、次女を抱えながら手すりをつかみ、一段一段しっかり雪を踏み固めながら登っていく。日陰なので、ツルツルしているから油断ならない。

一番上についたら、「降りる」と次女。遠慮しているというわけではなく、今日はなるべく歩きたいとスイッチが入っているようだ。

保育園の敷地の脇の道を歩く。入り口までもうすぐ。今保育園は増築中で、工事現場の真っ最中。木の柱が組み上がっていて、二人は現場の前で立ち止まり、興味深々に見ている。

「屋根に乗ってるね、スッゴ!」次女が職人さんを見て声をあげる。完成したら、春から長女はこの新しい増築棟の教室になる。

ようやく保育園の玄関を入ると「あったか〜い」と感激しながら中へと吸い込まれる。

「あ、体操教室もう始まってる」と長女は先に行く。

次女は最近、最後までぼくから離れようとしない。先に長女の教室に長女を届けて、その後に次女の教室に行けという。次女の教室についても、タオルやコップをかけたりする準備を自分でもできるのにやらず、パパがやるのを待っている。自分でもやらないのは、それをやるとパパが帰っちゃうから、時間を稼ぎたいのだろうとぼくは思い込んでいるからやってあげる。

それがおわるとしがみついてきて、ぼくのくびに両手でぶらさがる。ぼくは別れのために支えない。「落ちる、落ちる」と怖がるので少しお尻を支えてあげると、先生が分かって近づいてきてくれて、そのまま抱っこしてくれる。でもまだパパ、パパというのでタッチをしたりして少しずつ距離を離す。先生にはお手間をかけている。

 

保育園から帰ってきたら、長女が「体操で、跳び箱6段飛べるようになったんだよ。」と嬉しそうに報告してくる。去年まで3段も飛べなかったのに、いつのまにかできるようになったんだな。コツを掴んだか。

次女をみたら、いかにも「私も褒めて欲しい」という顔をしている。オウムになり、自分も「6段飛べるようになったんだよ」と明らかな虚偽報告。「すごいね〜」と感心してみせる。長男も長女ももう分かっていて、つっこむことはない。