メダカの生命力

雪が降った。今回はしっかりつもった。ドスンドスン。定期的に屋根から雪が落ちてくる。けっこう大きな音でびっくりする。

中庭にあるメダカの入った水槽は、屋根からの雨水がしたたるようにと屋根のすぐ下に置いてある。しまった。キッチンから水槽をみると、完全に雪が水槽のなかに溜まってしまっている。とんでもなく、水は冷たいはずだ。メダカは5匹。

保育園に送る前に、水槽を玄関のポーチの屋根下に運ぶ。雪が邪魔でメダカの姿は分からない。横からみても、藻とフローズン状になった雪が邪魔で見えない。長女と次女もついてくる。

お玉で上から雪をすくい取って、そこにメダカがいないかを確認しながら中庭に捨てていく。もしもその中にメダカがいたとしても、そのときは残念ながら死骸だ。

「いな〜い」。長女も大きな声で一緒に確認してくれる。

掬っても掬っても、雪はなくならない。水槽の高さは30センチほど。そのうち25センチは雪。残り5センチ。絶望的だ。そこにメダカがいたとしても冷たさと重さでもうダメだろう。カチンコチンに凍る温度だ。

掬っているうちに、もう可能性がないだろうと観念しはじめる。たぶん、長女も同じことを思ったのだろう。「メダカ、いないね」。次第に声が小さくなる。

もっと早く移動させておくべきだった。罪悪感。もともとは保育園から分けてもらったもの。先生にも謝らないと。

登園の時間になった頃、うっすら、薄くなった雪の間からメダカの陰影がみえる。「おった!」と長女。でも、全く動いていない。

死体を掬い上げて悲しませてから登園させるのは心が痛いので、あとは帰ってきてぼくだけでやろうということで、室内の土間に水槽を移動させて先に保育園に送ることにする。

保育園から戻ってきて、また雪を掬うことを再開。どんどん水量も減るので水を加える。掬っても掬っても、まだメダカは見つからない。ようやく水面に浮かぶ雪が薄くなって、水底近くまで一部見通せるようになって、動かなくなったメダカがよりはっきり見えるようになってきた。

ん?かすかに、尾びれが動いている。生きてる。でも、いつもは瞬間移動のように水槽の端から端まで素早く泳いでいるのに、ほぼ同じ場所に留まっている。ヘリコプターのホバリングのようだ。その様子、確実に弱っている。

ひとまず冷たい氷の水からは救い出してあげようと、メダカを掬おうとするけど、なかなかお玉に入らない。

繰り返すうちに、お玉から逃げていることがわかってくる。巧くお玉の流れを避けているのだ。まだ死んでない。死にかけているけど、簡単には捕まらないくらいの体力は残っているようだ。

だんだん可能性を感じ始める。嬉しくなって、ならばともっと水を足す。残りの雪が早く解けるように、ストーブの横に置く。

祈りながらガレージを雪かきしたり洗濯物を畳んだり、アイロンをかけて数時間後。

見に行くと水槽の雪は溶け、中がすっきり見えるようになった。いつものように泳いでいて、1、2、3、4、5匹。ちゃんとみんな尾ひれを右に左に動かして生きている。さっきまでの鈍さが嘘のように普通に泳いでいる。なんと。全員無事であった。

メダカはなんてたくましいのだろう。雪の下のときは生きたまま冷凍されることを選び、いま解凍されて蘇ったかのよう。ますます愛おしくなる。

そんなことをしていたもんだから、12時から先着順で申込み受付けをしているサッカー教室の新年会に電話をするのを忘れてしまっていた。今日の朝、家族のみんながまだいるときに「今日の父ちゃんの仕事はサッカーの新年会の申し込みだからな」と高らかに宣言したにもかかわらずである。

すでに時間は13時。時間は14時まで。あわてて電話を探すけど、こういう時に限って電話がない。家の中、車の中を探してもない。あ〜もう。自暴自棄になりながら寝床の布団やら枕をめくりまくっているとゴロンと出てきた。慌ててボタンを押しても電池が切れておる。イライラしながら充電器につなぎ、電源を入れる。ヤフーモバイルのこの最安値の機種は電源が入るまでに1分くらいかかる。ぼくに似てぜんぜんスマートではない。ヤキモキしながらいつもの立ち上がりの画面を憎々しくみてまっている。

ようやく電話をかけてもずっと話し中である。そんなにサッカー教室人気あるの?といぶかしく思いながらも、気が気でなく、何度も発信ボタンを繰り返し押してかけつづけること約30分。時間はすでに13時45分。やっと電話がつながった。いつものコーチの声で、出た瞬間にその声色からもうだめだと悟る。

「もう満員でして、キャンセル待ち20番目になります」

なんという。キャンセル20番目ってパンデミックでも起きない限り可能性ゼロだ。もっともそのときは中止だろう。

でも「なさいますか?」と聞かれたので「はいします」と答えてしまう情けなさ。

電話を切って息子のがっかりする顔を思い浮かべて自己嫌悪に陥る。今日の父ちゃんの唯一の仕事、「決まった時間に電話する」を失敗した。こんな奴会社にいたらクビだ。仕方なく、気分を落ち着けようと同じ日にどっかで他の面白うそうなイベントがないかを検索するけど新年だけに何もない。落ち込む。

夕食を作っていたときに息子が帰ってきて、上司に悪い報告をする部下よろしくお詫びとともに伝えたら「そうか」と物分りのいい返事。「なんとしても行きたい!」ではなかったのか。「満員なら仕方ない」と思ったのか。ほっとする。「映画でも行って、他の面白いことしような」というと長女が「いえーい」と先に喜ぶ。

メダカの下りを話すると、長男も妻も面白がりながらくいついて「メダカすげー」と喜んでいる。いつもの空気になる。

長男は8回目のドラゴンボール再読を始める。今日はナメック星に旅立つようだ。何をしたわけでもないけど、いいこともあったし、残念なこともあった一日だけど、メダカに救われた日、ということになる。