親子磁石

親と子どもの体内には、磁石があるとぼくは思う。

生まれてすぐは極が反対向きで、親と子はくっつきあってるのだけど、時間とともにその向きが反対になっていって、次第に遠のいていく。

 

その話をいま最も尊敬してやまない或る先生にしたら教えてくれた。

「子どもの歳って、『つ』がつかなくなったら、親から離れるんだよ。『むっつ』、『やっつ』、『ここのつ』。そして『とう』。9と10は、全然違うんだ。10歳になると、急激に親から離れるようになる。でもそれで、いいんだよね。そしてまた、その時期はもっとも仕事が大変な時期でもある。そしてそれもまた、それでいいんだよなぁ。」

そして息子はいま9つ。まだ膝の上にくることがある。でもあと1年もしないうちに離れるかと思うと寂しい。率直に伝えると、「まあね。でもそれが自然なことで、いいんだよ。そうならないほうが、逆におかしいと思いな」と慰めてくれる。

 

「実は、いまぼくは小さい子どもたちとの時間を楽しみたいから、週の半分しか働いてないんです」と打ち明けたら、先生は少し驚いた顔をして、しばらく「そうかぁ、へぇ〜」っと深く頷かれてから真剣な表情になって、

「それはすばらしいことだと思うよ。親になった以上、人生で我が子を育てる仕事以上のものはない。この歳になってつくづく、そう思うね。」

と勇気づけてくれた。ほんとうに先生は大きくて、優しい。

 

その先生は建築界の重鎮でいらっしゃる。建築家より忙しい仕事をぼくは知らない。しがない公務員でしかないぼくが、さらに仕事をセーブしてるなんて恥ずかしくてしょうがないし、一般的には軽蔑されても仕方ないとも思う。でも先生にそういってもらえて、この生き方を選んだ以上、親の仕事を堂々と全力でやってみるか、と開きなおれた。迷わずいく。

 

別の日に先生とまたお会いしたら、ご多忙な日々が続いていたのを心配して「娘が差し入れてくれて」というチョコレートを分けてくれた。優しいカカオの味が口の中に広がる。磁石の向きは、やがて子どもが大人になったら一周してまた返ってくるんだ。明るい気持ちになれた。

それにしても、建築家としても親としても成功している先生はとても眩しくて。家族を養い、スタッフも養う。できた建築はいろんな人に感動を与えている。とんでもなく偉いのに、目線を合わせて身近に話をしてくれて人を元気にする。真の知性や感性、つまりは人間性、みたいなのがあるとしたら、こういうことなのかと仰ぎみる。ただただ、かっこいい。

 

息子は今日も夜更かしで、今日だれかからもらってきた石を磨きたいからヤスリはどこだと聞き、在り処を教えると自分でとってきてセッセと磨いて喜んでいる。こっちは歯を磨いて寝てほしい。

風呂の中から洗面所で石を磨いている彼に朝がつらいから早く寝なと促すととしぶしぶ歯を磨いた。寝床に彼が先にいくと「一緒に寝よ」といってくるから、寝るまで横にいる。ぼくが犬のぬいぐるみを頭で踏んでいたようで「はい、枕。かわいそうだから」と枕を差し出された。