息子の葛藤

息子を小児科につれていき、インフルの検査。熱は39度を超えていてグッタリ。一般の待合には入れず、別室の個室。鼻に細い棒を奥までグっと入れられている。痛くて泣いて叫ぶ。いつもはこのくらいヘッチャラだけど、気持ちも弱っているのだろう。
しばらく待って名前が呼ばれる。診察室へいく。ドキドキ。
先生「インフルでした、B型。」
熱帯性ではたぶんないらしい。その「たぶん」は気になるが、血液検査までする必要はないから様子を見ろと。インフルでホッとするのも不思議なかんじだけど、ひとまず安堵。
これで長男は昨年末のA型に加え、B型もくらったことになる。グランドスラム。こないだふらりといった将棋大会で参加賞のビール券を当てていたし、なにかと最近当たっている。
薬局へ行って追加でクスリをもらう。こちらも別室にどうぞと通される。社会から隔離される感じ。半畳くらいの閉じた個室に薬剤師さんが顔を出せる窓があって、そこからクスリを渡される。薬剤師は若い眼鏡の色白の兄ちゃん。勉強ができて、淡々と薬学部にいったような端正なお顔立ち。淡々と説明をしてくれる。事務的で感情はない、当たり前か。

吸引器のクスリはここで飲んでいけという。小さなプラスチックの容器に粉薬が入っていて、それを吸う。2回分ある。

息子はこの吸引器、吸ったらまずい粉が一気に口に入ってくることを年末のA型のときに知っていて、いやだという。とはいえ、吸わせないわけにもいかないから、「良くなるから吸え」というけど、なかなか手に握ったまま吸おうとしない。気持ちも弱っていて、勇気が出ないらしい。
薬剤師の兄ちゃんはじっと何もいわず、ただ待っている。顔色ひとつかえず、ロボットのように立っている。吸うまで次の患者にいけないかんじなのかな、大人の間で気まずい空気になる。

退路を断ってやるのがここでは親心。「良くなるから、吸いな」を繰り返すと、観念したのか一度吸う。吸った後、顔が濁りゴフっと不味そうに一部の粉が口から出る。いやなことを大人たちに無理やりさせられている、そんな表情で、こちらがなんかいじめている気がしてきて心が痛む。
その容器を一度薬剤師に戻し、確認するとまだ粉が残っているらしく、もう一度吸えという。「ええ〜」と親子で落胆して、「お代官様ご無体な」だけど別にこれはいやがらせじゃないし、頑張れとまた息子を励ます。
1分くらいまた気まずい空気があり、彼のなかで呼吸を整え、エイっと目を閉じて吸う。今度は量が少ないので無事終わったことが薬剤師から告げられる。

「はい、ではもう一回分。」

「できるだけ、長く、吸ってください。そうでないと、何回も吸わなきゃいけなくなるので」
淡々と執行の宣告はつづき、また容器は息子の手の中に。
息子は葛藤して、自分闘っている表情をしている。おでこに「イヤだ」と書いてある。でも、これをやらないと帰れないのもわかっていて、これが薬だということもわかっている。でも不味いから身体が受け付けない。
また長く感じる時間が流れる。薬局には次々と新たな患者が入ってきて、その兄ちゃんにもスタッフが相談にきている。小声で「これが終わってから」みたいなことを会話しているような空気。ってか、これ、薬剤師立ち会わないかんのかな、とも思ったり。ぼくが代わりに吸うとか思ってたりするのかしら。いやそうじゃない、このお兄ちゃんはきっと優しくて、義務ではなく善意で見守ってくれているんだろう。何もいわないけど。
もうぼくも声をかけなくなったころ、エイヤっと一気に、しかも深く吸い込む。
上手くいって、今度は1回で全部吸えた。お兄ちゃんも「はい、おわりです」と告げ、息子を抱き上げて、お礼をいって個室を出る。

薬局を出て駐車場まで彼を抱きかかえて運ぶ。「がんばったね」と褒めながら、元気がないので「あの薬、もっと美味しくならないものなのかね。美味しすぎて、あの薬が飲みたくてわざとインフルエンザになる人が続出するようなさ」と声をかけると、力がない笑い声が帰ってきた。「おれそれなら、沢山の人に分けてやるわ。」

義母と義父の家にやっかいになることになる。もちろんここでも部屋を分け隔離。ぼくだけは息子の部屋に入って隣で寄り添って看病。まるで猛獣の檻に入ることが許された飼育員の気分。前のインフルA型のときも、なぜかぼくは感染しなかったから、どこかで大丈夫だろうと楽観視している。食欲はないけど、バナナはよく食べている。