少年とドラゴンボール

妻の実家にあったドラゴンボールの単行本を、妻が長男に与えてみたのが2週間前。以来、長男の頭の中はドラゴンボールしかなくなっている。寝食忘れてとはこのことかというくらい、宿題やったとウソをついてまで読むわ(その後見事にバレて長男史上最恐に怒られる)、23時ころまでへっちゃらに夜更かしするわ、もうドハマリ。しかも心ある友人が完全版の全巻セットを贈ってくれて、もう天国のような環境になった。

カメハメ波出したい、きんとう雲にのりたい、武天老師は本当にいるのか、ドラゴンボールの舞台になった場所はどこ?トトロの秩父みたいにないの?あったらぜひ行きたいなど。

完全版は34巻セットで、家族旅行中に読破した。全部読んだ〜という達成感と、終わってしまったという喪失感がいりまじった反応。当然のように、また1巻から読みはじめ、いま3巻。父ちゃんのときは週に1回15ページしか進まなくて、毎週待ちきれなかった。その分、楽しみが何年も続いて読んでいたのに、今は2週間で読めるのだもんなぁ。贅沢なような、逆にかわいそうなような。そういえば、少年ジャンプは毎週火曜日発売だったけど、おじいちゃんの家の酒屋には月曜日に届いて、店の番台のノートに名前を書いて予約しておけば、月曜日に売ってくれていた。その1日差がものすごくうれしかった。でも、あれってほんとは卸売としてはルール違反だったのかも。今はその店はローソン。

長男はもう頭の中がそれしかないから、案の定、いろんなことがおざなりになる。朝は学校の用意がままならないまま読み始めるし、トイレに行くのも忘れている。バスに乗り遅れる時間になっても気づかない。妻はヤキモキ。ドラゴンボールの面白さをしっているぼくとしては、どこかに仕方ないという諦めもある。どんな願いも叶えてくれる。どんどん強くなって、世界が広がる。新たな脅威が迫り、昨日の敵が今日の友になる。少年がワクワクする要素しかない。この右肩上がりストーリー、止まらないんですなぁ。

さらに、長男は家で喋らなくなった。読みふけっているので、どこにいるのかわからないくらい静かで、存在感が消えた。親子の会話も減った。話しかけても、3回くらい呼びかけてやっと返事をするかんじ。しかも帰ってくる返事は必要最小限。

そういえば、こんなかんじやったかも。自分が少年だったころを思い返しながら、この漫画デビューは、親子のコミュニケーションの一線を超えた気がする。長男のなかでは、すでに「漫画>親との会話」なわけで、ぼくの場合、この変化は不可逆だった。仮にドラゴンボールを卒業しても、次なる興味をみつけて没入していく。一人がへっちゃらになる。親といるより、世の中にはこんなに面白いものがあると気づく。成長といえば成長。

テレビシリーズをいまでもしているらしい。アニメのためにつくられている続編で、そのストーリーをぼくはしらない。面白いのかもしれないけど、ぼくからしたら、バッタもんにしか思えない。完全版を贈ってくれた友人もいってたけど、こればっかりはオリジナルに触れることが大事で、アニメでもなく単行本でなくてはいけない。それを知らずしてドラゴンボールは語れない。原典にふれてほしい。なんていいながら、サザエさんもちびまる子も単行本を読んだことはないし、アニメだけで十分、といえばそうなのかもしれない。でも、この浪漫は大事にして伝えてあげたい。読んだことないけどナウシカは漫画のほうが面白いっていうし。名作たる所以、その真髄は天才ならではのアンバランスな狂気や情熱にあって、二次的な作品になったらそれは蒸発しちゃうんだよ。

ドラゴンボールにある狂気は、ぼくは悩みがないところだと思う。キャラクターたちは、基本的に執着がない。ただ強くなりたい、相手を倒したいという純粋な衝動だけに突き動かされていて、判断に躊躇がない。思考が、いい意味でとても軽い。たとえば孫悟空は結婚を決めるのも実に軽く即決だった。ラディッツを倒すためなら自分の命も厭わなかった。それでもなんとかなって、その先には新しいワクワクする世界が待っている。 だから、こっちも緊張しないし、楽観的でいられるし、サラサラと読み進めるし、自然と少年の心は鷲掴みにされる。伏線を勘ぐったりする必要もない。軽いのに、あれだけ感情移入できるのって奇跡じゃないかしら。ちなみに、アニメになると、展開のテンポが遅くなって、原作のスピード感がなくなっちゃう。さらに、声だったり音楽だったり、次回に期待を持たせるための終わり方だったり、どうしてもそこに演出が加わる。軽さの魅力が、少しなくなるのが惜しい。

そういえば最終回だって、これだけの傑作なのにあっけなくて、でもそれが実にらしいな、とも思った。当時すでにぼくが少年ではなくなってたこともあるけど、あれが壮大な終わり方だったら、それはそれでものすごい「ロス」が起こっていただろう。サラッと別れれば、涙も出ない。作者の優しさだった気がする。

そろそろ長男が学校から帰ってくる。これから耳鼻科につれていってあげなきゃいけない。お薬手帳に加えて、待合室で、きっと読みたいだろうからと、3巻と4巻を待っていってやることにする。ぼくの知らない漫画だったらこうはしないだろうけど、ドラゴンボールだと、ついついやってあげたくなる。子が喜ぶ顔を親は見たいし、それが親子同じコンテンツならなおさら。