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カマキリと天の恵み

長男がトンボを捕まえたいというので、近くの公園まで虫あみと虫かごをもって物色。道中に大きなカマキリが車道の真ん中にいるのをみつける。長男テンションあがる。

ちょうど、ゆうぱっくの車が通りすぎる。ぼくと長男は道の脇によける。カマキリ大丈夫か。あ、これは引かれたっとドキッとする。まさにカマキリいるところを、タイヤが容赦なく通る。長男も同じことを思ったのだろう。過ぎ去ったあと、恐る恐るみてみる。さっきと同じ姿勢でカマキリがそのままいた。ほっ。首の皮一枚でタイヤが避けたらしい。カマキリは多分何のことか気づいていない様子。あーよかった。

長男近寄って、あぶなかったね〜といいながらカマキリを捕まえて虫かごに入れる。バッタもいたので、食料として捕まえていれる。草も入れてやろうと長男がいう。カマキリ、草はたべんやろ、というと「バッタ捕まえるときに、身を隠すために必要なの」という。なるほど。

そういうわけで、我が家にカマキリがやってきた。

カマキリは肉食なので、飼い続けるためには虫を捕まえて供給しつづけなきゃいけない。もはやペットだ。とはいえ、その食料の調達に苦労する。秋だし、好物のバッタはもう草むらにはあまりいない。サッカー教室の帰り道に暗がりで見つけるキリギリスは、カマキリを逆に食うこともあるらしく、ダメだと長男は捕まえない。学校のある日は明るい間に虫を捕まえることはできないから、カマキリはご飯抜きになる日もしばしば。

大丈夫か。カマキリって、どのくらい空腹我慢できるんだ?もう3日くらい食べてないぞ。もう野に離してやったほうがいいんじゃないか。長男が学校にいっている間に、心配になって虫かごを除くと、まだ生きている。今日何も与えられなかったら、寂しいけど長男にお別れを進言しよう。

すると、虫カゴの横に生えたペンペン草に、すうっと赤とんぼが止まるのを見つけた。なんというタイミング。普段探してもなかなかいないのに。そ〜っと抜き足差し脚で近寄って、背後から、指を伸ばす。息を止める。素手でトンボを捕まえようとするなんて何年ぶりだろう。羽根までもう数センチのところで、親指と人差し指を広げ、一旦すべての動きを止める。まだ逃げていない。よし今だと、瞬時に両指で勢い良く羽根を挟む。

捕まえた!こんなに簡単だったっけ、トンボ捕まえるの。ビックリしながら、虫カゴに入れる。虫かごにはいったトンボは、バタバタっと暴れている。羽音が虫かごに響く。数秒したら、虫かごのフタで逆さまになっていたカマキリが、その両方のカマで見事にトンボをつかまえる。トンボが入ってから、まだ10秒くらいしか経っていない。腹減ってたのか、もうむしゃむしゃと勢い良くほうばっている。それはそれは美味しそうに。まだトンボは食べられながらでも羽根を動かす。やべ、直視できなくなってきた。ごめんトンボ。申し訳なくなってくる。自分が捕まえたばっかりに。でも、ひとまずカマキリの命が繋がったことに安堵している自分もいる。弱肉強食、食物連鎖自然の摂理。いろいろ自分に言い聞かせる。とはいえ、ぼくが介在しているから、もはや自然ではない。

カマキリは、それはそれはきれいにトンボをたいらげた。羽根だけが残って、それ以外は跡形もない。ここまできれいサッパリ食べたら、成仏できたんじゃないかと都合よく解釈して、自分の罪悪感を消そうとする。この小さな虫の野生っぷりを目の当たりにして、息子に伝えるのが楽しみになってきた。一緒に見たかったな。

学校から帰ってきた息子に伝えて、どうだ父ちゃんいい仕事しただろと自慢する。へぇ〜っと関心を示す。

「カマキリって、生きたまま食べるんやな」「そうや、死んだ虫は絶対に食べん」

「トンボ大好きやな。羽根以外全部食べるんだぞ。」「そうや」

今回のでぼくが知った一連の発見は、もう彼には既知らしく、いまいち興奮がともなわない。いろいろすでに体験してるんだねキミ。まあいいんだけどさ。ちょっと肩透かし。

自分がトンボをスマートに捕まえる技術があったことに変わりはないので、また捕まえにいこうぜと得意になって息子をその後を連れ出すが、あれ以降、ぺんぺん草に止まったトンボ、捕まえることができていない。背後にまわっても、すぐに逃げられる。まあこれがいつもの自分の実力だろう。その分、あの日が際立って、あのキレのよい自分は奇跡だったような気がする。あの時だけ、天から「そのトンボを捕って、カマキリに食べさすがよい」と使徒になったのかもしれない。

虫かごにきて2週間ほど。カマキリはやっぱり虫かごのフタにぶら下がり、まだ生きている。でも入れていた大きなバッタは息絶えてしまっていた。またそろそろお腹を透かしている頃だろう。カマキリに天の恵みが、そろそろまた降ってこないかな。